「ボストン1947」
監督カン·シュギ。実話の映画化。
1936年のベルリンオリンピック。マラソン競技で日本は世界新記録で金メダル、また銅メダルを獲得する快挙。だが実はその2人の日本代表選手は日本人ではなく、日本の植民地の韓国人で金メダルを獲ったのはソン·ギジュン、銅メダルはナム·スニョンだった。彼らはあくまで日本代表として日の丸のゼッケンを付け日本名で表彰台に立たされていた。
そして第二次大戦終結。韓国は日本の支配から独立。ソン·ギジュンとナム·スニョンの2人は祖国·韓国の名においてマラソンの世界大会で優勝な成績を獲得する、第2のソン·ギジュンを送り出すことを目標に有望な若手マラソンランナーの育成に乗り出す。当面の目標は1947年のボストンマラソンへの参加。そして彼らはソ·ユンボクというマラソンの才能のある素人貧乏青年を見つけるが…。
何故、今まで映画化されてなかったのか不思議なくらいの感動の実話。スポ根ドラマは押し並べて素晴らしいですがスポ根と貧乏が結びつくと更に感動の涙を誘いますね(笑)
当時の新生国家·韓国は国際的な立場も低く、人種的な偏見もありボストンマラソンのような国際競技に出場するにも様々な壁が立ちはだかります。韓国国旗をゼッケンに付けられないとか。それらの苦難を乗り越えていくシーケンスが本作の見所のひとつ。そしてクライマックスではボストンマラソンのレースシーンもタップリ描かれていて、ソ·ユンボクの激走、アクシデントからの逆転には感動の涙!流石「シュリ」の監督、娯楽映画としても秀でているところが最大の魅力です。(衣)
「侍タイムスリッパー」
「侍タイムスリッパー」。今年の流行語大賞にもノミネートされた話題作。
本業は映画監督と米農家という安田淳一監督·脚本·撮影·編集·照明他、出演者も無名の俳優ばかりという本作は低予算のインディーズ映画ながら、面白い!と口コミの好評で単館上映から全国拡大上映になり「第2の『カメラを止めるな!』」とも言われる作品。
幕末の京都。会津藩士の高坂新左衛門(山口馬木也)はある長州藩士を闇討ちすることになるが、相手と刃を交えた瞬間、落雷によって気を失ってしまう。そして目を覚ますと、なんと彼は現代の時代劇撮影所にタイムスリップしていた!
侍の格好をしているので時代劇の斬られ役の俳優と勘違いされ、その後、撮影所内でアクシデントで頭を強打し、病院に担ぎ込まれたりして…。結局、「頭を打って記憶喪失になった時代劇俳優 」ということになり、周囲の親切な人々にも助けられて、そのまま時代劇の斬られ役として生活していくことになるが…。
時代劇美術等に低予算の限界も垣間見られるが評判通りストーリーも良く出来ていて編集や音楽も完璧。ジャンルとしてはSFコメディではありますがお馬鹿コメディではありません。本作は現代日本エンタテインメント界で廃れつつある時代劇·殺陣師の哀愁を描いた、いわば時代劇へのラブレターとも言うべき志の高い作品でした。それだけにクライマックスでの劇中劇での決闘の殺陣の迫力、もはや芸術とも言える素晴らしいチャンバラでした。誰にでもお薦め出来る秀作です。 (衣)
「エイリアン:ロムルス」
明石シネマクラブの紹介作品には相応しく無い気もしましたがとても面白かったので…。
1979年、45年前の「エイリアン」は宇宙探検SFと巨大宇宙船ノストロモス号の密閉された空間で乗組員たちが次々と襲われる恐怖映画が巧みに融合したSFホラーの古典。ヴィジュアル派リドリー・スコット監督の重量感のある映像美と凄絶な恐怖描写で世界中の観客を魅了した。寄生した人間の胸を突き破り異常な速さで進化する宇宙最強の生命体は男性器をモチーフとしたデザインでH.R.ギーガーによるもので映画史上最も独創的なクリーチャーと言わしめた。
最新作は第1作目から20年後の時代設定。若い惑星植民地者たちが宇宙で最も恐ろしい生命体と対面する。地球から遠く離れた植民地惑星ジャクソンに住むレインら6人の若者たちは過酷な労働環境から逃れようと上空を漂流している廃墟化した宇宙ステーション「ロムルス」に侵入し脱出の助けとなるパーツを期待して探索を開始するがそこには人間に寄生し進化するエイリアンという、逃げ場の無い絶望的な恐怖が待っていた。基本的なストーリーは第1作の原点回帰のサバイバルホラー。1作目をリスペクトしつつ踏襲しながら無重力アクション等のアイデア満載の見せ場の連続に最新CGによる映像美、進化したクリーチャー造型の精緻さ。シガーニー・ウィーバーに匹敵する、あるいはそれ以上の頑張りを見せるヒロイン、ケイリー・スピーニーの魅力。エイリアンシリーズを初めて観る人でも楽しめる「1」「2」に次ぐ素晴らしい秀作になっている。(衣)
「プリシラ」
長年、映画ファンをやっているとこの映画は私 のための映画だ!その作品世界の感性がまさし く自分にドンピシャ!その映画の監督作品は必 ず観るという監督との出会いがある。私の場合 「緑の光線」のエリック・ロメールであり「スト レンジャー・ザン・パラダイス」のジム・ジャー ムッシュであり「未来世紀ブラジル」のテリー・ ギリアムだったりする。そんな監督の一人が「ロ スト・イン・トランスレーション」のソフィア·コ ッポラ。海外ではアカデミー脚本賞、ベネチア映 画祭グランプリ、カンヌ映画祭監督賞と数々の映 画賞を受賞し、もはや巨匠とも言えるが日本では まだ親の七光り(父親は勿論フランシス·F·コッ ポラ監督である)との偏見のせいか過小評価され ているが間違い無く実力映像作家だ。 そんな彼女の新作がエルビス・プレスリーの元 妻プリシラが 1985 年に発表した回想録「私のエ ルヴィス」をもとに世界的スターと恋に落ちた 14 歳の少女の出逢いから結婚を経て一人の女性と して 28 歳の別れまでの波乱の日々をエルビス· プレスリーの妻目線で(歌手としてのエルビス· プレスリーの描写はほぼ皆無)描いた女性ドラ マ。ガーリーカルチャーの先駆者でもあるソフィ ア·コッポラがシャネルやヴァレンティノが彩る とびきり甘美なシンデレラストーリーの中に人 間の孤独や疎外感といったビターなエッセンス を潜ませた緻密で繊細な作品。美しく精巧な美術 と共に`60〜`70 年代の空気を隅々まで行き届い たディテールや音楽センスに S·コッポラらしさ が光る、いい意味での緩い(リラックスできる)一 本。 (衣)
「落下の解剖学」
昨年度のカンヌ映画祭で女性監督としては史 上 3 作目となる最高賞パルムドールを受賞し、本 年度、米アカデミー賞でも最優秀脚本賞を受賞し た傑作ヒューマンミステリー。 人里離れた雪山の山荘で男が転落死した。男の 妻に殺人容疑がかかり、唯一の証人は視覚障害の ある11歳の息子。これは事故か、自殺か、殺人 か?女性ベストセラー作家サンドラは夫と視覚 障害の11歳の息子と愛犬の3人と 1 匹で暮ら していた。その日、父親が血を流して倒れている のを犬の散歩から戻った息子が発見する。 検死の結果、死因は事故または第三者の殴打に よる頭部の外傷だと報告される。殺人となれば犯 人は現場にいた妻サンドラしかいない。 サンドラはかつて交流のあった弁護士に連絡 を取り自分の無罪を主張するが、夫婦が事故前日 に激しく口論し殴り合う音声が夫の USB メモリ に録音されていた。また半年前に夫が嘔吐した 際、吐しゃ物に大量の白い錠剤が混じっていたこ とから、夫の自殺も考えられる。死亡した夫と妻 のあいだには息子の視覚障害になった原因をめ ぐる口論や登場人物の数だけ真実が表れていく という感じの法廷ドラマ。 仲睦まじいと思われていた家族像が法廷で証 言というメスで“解剖”されていく。そのセリフに 次ぐセリフの洪水は役者冥利に尽きる迫力があ り、観客も一度没入してしまえばその真相が知り たい気持ちが高まりあっという間に152分が 過ぎ去り観終えると心地よい疲労感に襲われる だろう。(衣)
「PERFECT DAYS」
「パリ、テキサス」でカンヌ映画祭パルムドー ル、「ベルリン・天使の詩」で同映画祭監督賞を受 賞した小津安二郎の信奉者としても有名な親日派 のドイツの巨匠ヴィム・ヴェンダースが日本を代 表する名優・役所広司主演でカンヌ男優賞受賞し た作品と知って映画ファンなら食指の動かない人 はいないだろう。 役所広司が東京のトイレ清掃員としての毎日を 綴る。平山(役所広司)は TV も無い古いアパートに 一人暮らし。清掃の仕事は朝早い。布団から起きる と植木に水をやり、身支度をしてアパートを出て 自販機で缶コーヒーを買い、軽バンに乗って 70 年 代の洋楽カセットテープを聴きながら仕事場の渋 谷区内のトイレへ向かう。お昼の休憩中は神社の 境内で木漏れ日の写真を撮る。デジカメではなく フィルムのカメラで。 仕事が終わると…銭湯に行き、古本屋に行き、コ インランドリーに行き、居酒屋に行き…アパート に戻ると布団に入って読みかけの本を読む。 そして寝る…の繰り返し。家出した姪が泊まり に来たりもするが大きな事件は何も起こらない。 しかしそんなルーティンの中でも寡黙な平山には 古本屋の主やら、居酒屋の店員やら、スナックのマ マ(石川さゆり!)等が、いつも声を掛けてくれて 周囲と繋がった彼は孤独では無くいつも幸福そう に笑顔で朝を迎える。 一見、何でも無い映画だが好感の持てるエレガ ントな人間讃歌であり人生の意味とは何か? という哲学的な探究さえ起こるヴェンダースらし いフィクションの傑作だ。劇中の楽曲センスの素 晴らしさも特筆モノ!(衣)
「福田村事件」
社会派ドキュメンタリー映画監督・森達也、初の劇映画。
1923年9月1日、関東大震災発生。震災直後、流言飛語により多数の朝鮮人が虐殺される事件が各地で発生。そして震災から5日後の9月6日、千葉県福田村。
四国の香川県からやって来た行商団15名が利根川の渡り船に乗ろうとしたところ、船頭と些細な口論が発生。すると行商団が話す耳慣れない四国の方言を聞いた村人たちは「こいつらは日本人じゃない、朝鮮人だ!」と決めつけ、集団で暴行を加え、竹槍で刺すなどして子どもや妊婦を含む9名を惨殺。
歴史の闇に埋もれたこの痛ましい史実を映画化。出演は井浦新、田中麗奈、永山瑛太、東出昌大など。上映時間137分の長尺。ドキュメンタリータッチの作品かと思いきや実はフィクションのキャラクターを多数設定した人間ドラマでした。
特に前半は村に住む人々の複雑な人間関係の描写に費やしエンターテイメント性もあります。福田村での虐殺事件が描かれるのはラスト約15分。
今年は関東大震災から100年。
現在の世の中でも暴力だけでは無くネットでの誹謗中傷も有り、集団でのエスカレートは中々止まりません。自分自身が被害者だけでは無く知らないうちに加害者になり得る事もあります。発言・行動には気をつけなければなりません。
日本人として眼を背けてはならない過去の歴史、群集心理の恐ろしさをより多くの人の心に刻んで欲しいものです。(衣)
「こんにちは、母さん」
日本映画界の至宝、山田洋次監督92歳(2023 年10月現在)にして90本目の新作。 主演は1972年「男はつらいよ柴又慕情」や 「おとうと」等で50年間に渡って山田作品に出 演し「母べえ」「母と暮らせば」に続く母三部 作となる本作が映画出演 123 本目となる日本を 代表する女優 · 吉永小百合。その息子を演じる のは数々の映画や NHK 大河ドラマ「鎌倉殿の13 人」の好演も記憶に新しい国民的人気俳優 · 大 泉洋が山田洋次作品に初出演。 大会社に務める神崎昭夫は人事部長をして 日々精神を摩耗している。加えて家庭内での妻 との離婚話や大学生になった娘の舞 ( 永野芽 郁 ) との関係に悩んだ昭夫は久しぶりに東京隅 田川界隈の下町に住む母 · 福江のもとを訪れ る。しかし以前は割烹着を着ていたはずの母親 が艷やかな服を着てイキイキと暮らし、更に近 所の牧師 ( 寺尾聰 ) と恋愛までしている様子。 実家にも居場所が無いことに戸惑う昭夫だった が、母や下町の人々と交流を通して見失ってい たものに気がついて行く。 本作の吉永小百合はいくつになっても恋をし てときめく女性を演じて今まで見たこともない ようなアグレッシブ。不貞腐れてお酒を飲んだ り、恋する牧師が北海道に旅立ってしまう直前 に思わず「一緒に連れてって!」と嘆願してし まうシーンが切なく、可愛いい。福江の足袋屋 に集まる下町人情模様は昭和の香り漂ういかに も山田洋次作品らしさが溢れている。田中泯扮 するホームレスに忘れてはならない戦争の記憶 が刻まれている。(衣)
「ミッション:インポッシブル/
デッドレコニングPART ONE」
ハリウッドを代表する世界のトップスター、トム・クルーズが往年の人気スパイテレビシリーズを映画化した`96年の「ミッション:インポッシブル」シリーズの7作目。
もはや彼のライフワークとも言える人気代表シリーズだ。
世界のデジタル空間を自由自在に操作可能な進化型・超AIが秘密裏に誕生。
「それ(entity)」と呼ばれるこの超AIを支配する者は全世界を支配可能になる。
「それ」を制御できるらしい2つの鍵(実体のある金属性のキー)を巡って争奪戦が展開する。イーサン・ハント(トム・クルーズ)率いるIMF(インポッシブル・ミッション・フォース)もこの鍵を追うが…。
今回シリーズ初の前・後編の二部作となる前編の上映時間は堂々の164分(因みに後編は来年6月公開予定)。鑑賞前は正直、長尺に躊躇したが見始めるとあれよあれよのスリルと圧巻のアクション連続であっという間の164分でした。
「観客に?本物?を届けたい」?ただそれだけを願い、毎回命知らずなスタントに自ら挑み続け、時には骨折したり映画のためにヘリコプターの免許を取得して自らヘリを操縦したり、その身体で?役者魂?を証明して来た男、トム・クルーズ。
60オーバーながら走る!走る!そのアクションはアイデア満載、ツッコミどころも満載ながら加齢と共に衰えるどころかヒートアップしているようで驚きだ。
今回も世界中が舞台だが中でもローマでのカーチェイスとオーストリアの列車アクションは白眉だ。夏の猛暑も吹き飛ばす究極の娯楽大作。
是非、劇場の大スクリーンで!(衣)
「銀河鉄道の父」
『雨ニモ負ケズ』『注文の多い料理店』等、今な お唯一無二の詩や物語で世界中から愛されている 宮沢賢治。だが生前は画家のゴッホと同じく無名の 作家のまま 37 歳という若さで生涯の幕を閉じた。 彼の死後もその才能を信じ続けた家族が、賢治の作 品を諦めずに世に送り続けたために高い評価を得 るようになったのだ。 そんな賢治は「ダメ息子だった!」という大胆な 視点から賢治への無償の愛を貫いた宮沢家の人々 を描き、第 158 回直木賞を受賞した「銀河鉄道の 父」(著·門井慶喜)。歴史のスポットライトの陰にい た賢治の家族への丹念なリサーチを実らせ、〈見た こともない賢治の物語〉〈深い愛に涙が止まらない〉 等と絶賛された傑作小説の映画化が実現した。 「八日目の蝉」「いのちの停車場」等の人と人と の触れ合いや絆を通して人生の豊かさを描いて来 た成島出監督が、何があっても信じ合い、助け合い、 互いに味方であり続ける家族の強い想いに心を揺 さぶられ熱い涙が溢れ出す、希望の物語を完成させ た。 代々質屋を家業とする質屋である宮沢賢治の父· 政次郎に役所広司。厳格な父であろうとするが溢れ 出す息子への愛に振り回され、やがて賢治の紡ぎ出 す物語の一番のファンになっていくまでをユーモ アを添えて大らかに演じた。透き通ったガラスのよ うに繊細かつ無邪気な青年期の賢治に菅田将暉。 菅田将暉も光っているが全編、賢治の父の映画に なっているのはやはり役所広司の力量の所以だろう。(衣)
「フェイブルマンズ」
スティーブン・スピルバーグ監督、御年76歳。もはやZ世代は知らないが筆者のように'80年代を映画少年として育った世代にはその名を知らない者はいないヒットメイカーだ。'72年にTVムービー「激突!」を出世作に「ジョーズ」「未知との遭遇」「インディ・ジョーンズ」「E.T.」「ジュラシック・パーク」そして「シンドラーのリスト」等、多くの映画ファンが生涯ベストに挙げる作品ばかりだ。プロデューサーとしても200作以上の作品を世に送り出し、世界で最も成功した映画人として最も裕福なセレブリティとして2位に選ばれている。とはいえ量産型の職人監督では無く一見して彼と分かる作家性と映像的トレードマークが刻印された諸作はほぼハズレ無しの名作揃い。そんな不世出の巨匠がいかにして映画監督になる夢を叶えたか?自身の原体験を描く自伝的作品が本作だ。'52年に両親と初めて映画館を訪れセシル・B・デミル監督の「地上最大のショウ」を観たサミー・フェイブルマン少年は映画に夢中になる。以来自ら8ミリカメラを手に家族の休暇や旅行の記録係となり妹や友人たちが出演する作品を制作するのだった。そんなサミーを才能豊かな音楽家である母は応援するが、有能な科学者の父は不真面目な趣味と考えていた。やがて一家は父の転勤でニュージャージーからアリゾナ、さらにカリフォルニアへと引っ越す。そして新しい土地での心を揺さぶる体験がサミーの未来を変えて行く…。映画監督のデヴィッド・リンチがサミー少年に多大な影響を与えた伝説の監督ジョン・フォードを演じているのは特筆に値する。(衣)
「ラーゲリより愛を込めて」
英題FROM SIBERIA WITH LOVE第二次大戦が終結した1945年。
旧ソ連の戦後復興を担う労働力を補うため、シベリアの捕虜強制収容所(ラーゲリ)に送られた日本人60万人以上。零下40度の外での重労働、飢餓による栄養失調、伝染病の蔓延で約6万人が亡くなった。
そんな過酷な収容所生活の中でただ一人、生きることへの希望を捨てなかった実在の人物・山本幡男の半生を描いた辺見じゅんのノンフィクション小説を「糸」の瀬々敬久がメガホンを取った。
連日の過酷な日々で命を落とす者が続出する中で山本幡男は日本にいる妻や子供たちのもとへ必ず帰れると信じ、生きることへの希望を強く唱え続け、仲間たちを励まし多くの仲間に希望の光を灯し続けた。しかしそんな山本の体をも病魔が蝕んでいく。そして山本に生きることの素晴らしさを教わった仲間達はある行動を取る…。
山本幡男を演じるのはクリント・イーストウッド監督「硫黄島からの手紙」の準主役、山田洋次監督「母と暮らせば」で日本アカデミー最優秀主演男優賞を受賞した今やトップアクターの二宮和也。時代に翻弄されながらも愛する夫を信じて待ち続ける妻に北川景子、ラーゲリの仲間に松坂桃李、桐谷健太、安田顕etcが熱演。
過酷な収容所モノと聴いて観ているのも辛い重い重い作品かと敬遠気味だった私ですが人が人を想うことの素晴らしさを描いた心に灯りが点る爽やかな感動作になっている。(衣)
「天間荘の三姉妹」
「さかなのこ」
ギョギョギョ!! のんがさかなクンに?
お魚への大きな愛と溢れる知識、優しくユーモラスなキャラクターで人気を誇るスーパースターのさかなクン。そんなさかなクンの自伝的エッセイ「さかなクンの一魚一会~まいにち夢中な人生?」を原作にした映画「さかなのこ」は、お魚が大好き、だけど普通のことはちょっと苦手なミー坊の幼少期から社会の荒波に揉まれながらも自分の“好き”を貫き成長してゆく姿を描くライフストーリーだ。
「トップガン マーヴェリック」
今年、還暦を迎える世界のトップスター、トム・ク ルーズは今なお第一線で活躍し続ける人気者だが彼 がスーパースターになったのは何と言っても今から 36 年前に公開された「トップガン」に主演してから だ。トップ 1%の超精鋭パイロット養成校トップガンの 訓練生の挫折と栄光を描いた 80 年代アメリカ青春映 画の金字塔「トップガン」が全米公開されたのは 1986 年。トム・クルーズやヴァル・キルマーら若手スター の好演、故トニー・スコットのスタイリッシュな演出、 ハロルド・フォルターメイヤー&ジョルジオ・モロダ ーによるキャッチーな音楽(当時は空前のサントラブ ームだった)、米海軍の全面協力による本物の戦闘機 の迫力が人々の心をわしづかみにし世界で空前の大 ヒットを記録し日本でも‘87 年度洋画配給収入 1 位 になった。今でもトム・クルーズの代表作として多く の映画ファンに愛されている。 あれから 36 年、もはや平成生まれは知らないがト ム・クルーズが製作と主演を兼任して並々ならぬ情熱 を注いだ続編がコロナ禍による幾度かの公開延期を 経てようやく上映されたが待った甲斐があったと言 うものだ。トム演じるマーヴェリックが今、再び飛ぶ理由、亡 き相棒グースの息子との確執と和解、好敵手アイスマ ン(ヴァル・キルマー)との再会。本作には作り手たち の前作への愛が溢れ観ていて気持ちがいい。続編の見 本のようなザ・ハリウッド娯楽大作だ。戦闘機に IMAX カメラを 6 台搭載し撮影されたスカイアクシ ョンと命懸けのスタントで知られるトム・クルーズの 本気をぜひとも劇場の大画面で体感して欲しい。(衣)
「ウエスト・サイド・ストーリー」
元は1957年のブロードウェイミュージカルとして生まれ`61年に映画化された「ウエスト・サイド物語」は往年の映画ファンのベスト投票で「ローマの休日」「2001年宇宙の旅」等々と並び必ず上位にランクインする映画史上のミュージカル最高傑作としてアカデミー賞でも10部門を受賞した名作だ。
それを75歳の泣く子も黙るヒットメーカーにして巨匠スピルバーグ監督がキャリア初のミュージカルに挑戦し、変幻自在のカメラワークや色使いで“俺流”に新生させた。
「クライ・マッチョ」
刑事アクション映画の名作「ダーティ・ハリー」(’71)で不動の人気スターの地位を確立してから半世紀以上にわたり一線で活躍を続ける名優にして「許されざる者」(’92)、「ミリオンダラー・ベイビー」(’04)で監督として2度のアカデミー作品賞・監督賞に輝く今年92歳の巨匠クリント・イーストウッドが監督デビューから50周年、第40作目のアニバリー作品は必ずしもベストではないが集大成的な愛らしき小品ロードムービーだ。
「老後の資金がありません!」
今や人生100年時代。60歳になっても働くのは当たり前の日本。年金や貯蓄だけで老後の生活は大丈夫なのだろうか?少子高齢化、社会の仕組みもどんどん変わっていき、どんなに準備をしても不安は募るばかりのご時世。「老後の資金は2000万円必要」とも言われる中、生きていく上で必要な備えとは?社会の最小単位である家庭の切実な課題であり現代日本が抱える大問題に普通のアラフィフ主婦が立ち向かう痛快コメディ・エンターテイメント。
原作は垣谷美雨の同名小説で40万部を突破したベストセラー。親の大葬儀、娘の派手婚、夫婦揃っての失業、浪費家のセレブ姑との同居……。次々と襲いかかるお金の災難に振り回される主人公・後藤篤子のRPGの奮闘のように小気味良く綴られた物語だ。この老後の資金問題という現実のシリアスなテーマをユーモラスに描いた原作に魅了された製作陣は“大人が見られるコメディ映画”を目指したそうだが見事に成功している。
主人公・篤子役に日本最強のコメディエンヌ・天海祐希。数々の作品でデキる女性を鮮烈に体現してきた天海が本作では平凡な主婦の魅力を引き出し、誰もが迎える問題にあたふたしつつも家庭を切り盛りする篤子を明るくコミカルなタッチで演じきる。そんな篤子を翻弄する面々の筆頭の姑役に芸能生活71年目の草笛光子。夫役には松重豊。脇役に柴田理恵、若村麻由美、哀川翔etc…豪華キャスト。主題歌「Happy!」を氷川きよしが軽妙に歌い上げる。果たしてHappyな結末は来るのか?……お楽しみに。(衣)
「キネマの神様」
齢、90 歳。日本映画界の至宝、山田洋次監 督作品 89 作目にして 1920 年、松竹は松竹キ ネマ合名社を設立、同年に蒲田撮影所を開所 し映画製作をスタート。2020 年松竹映画の 100 周年記念作品として誕生した。 原作はこれまで数々の文学賞を受賞してき た人気小説家・原田マハの同名小説。原田が 自身の家族、経験をもとに書き上げた思い入 れ深い小説を山田監督が松竹らしい"家族”を テーマにした映画黄金期への愛に溢れる作品 に大胆にアレンジ、新しいオリジナル作品へ と昇華させた。 本作は 2020 年 3 月にクランクインするも主 演に決定していた志村けんさんの急逝、新型 コロナウィルスの猛威による撮影の中断など 幾多の困難に直面。しかし新たなキャストを 迎え撮影を再開、作品を完成させたいと願う すべてのキャスト、スタッフの想いと共に長 い旅路を経てついに完成した。 ダブル主演を務めるのは故・志村けんの遺 志を継ぐ盟友・沢田研二と実力、人気ともに 若手 No.1 の菅田将暉。沢田演じる主人公ゴウ は無類のギャンブル好きで家族からも見放さ れているダメ親父。しかしそんな彼のたった 一つ愛してやまないもの……それが“映画” だった。かつては助監督として撮影所で夢を 追い求め映画黄金期を代表する名監督やスタ ー達と映画に情熱を傾けていた…。 共演に宮本信子、小林稔侍、寺島しのぶ 等、ベテランから永野芽郁、北川景子、野田 洋次郎ら新旧の第一線の豪華キャストが顔を 揃えている。(衣)
「竜とそばかすの姫」
「サマーウォーズ」「おおかみこどもの雨と雪」の気鋭・細田守監督の最新オリジナル長編アニメーション。
自分を失ってしまった女子高生すずが未知との遭遇を果たし成長していく姿を描く。イギリス人建築家でデザイナーのエリック・ウォンがインターネット空間(U)のコンセプトアートを担当し、(U)内でのすずの姿(アバター)である歌姫ベルのキャラクターデザインを「アナと雪の女王」のジン・キムが手掛ける。
過疎化が進む自然豊かな高知の田舎町で父と暮らす17歳のすずは幼い頃に母を事故で亡くした傷を心に抱えていた。彼女はある日、親友に誘われて全世界で50億人以上が集うインターネットの仮想世界(U)に「ベル」という名で参加することに。もう一つの現実と呼ばれる(U)で心に秘めてきた歌を披露し、あっという間に歌姫として人気者になっていくベル。そんな彼女の前に(U)の世界で恐れられる竜の姿をした謎の存在が現れる。
作品の主な舞台がインターネットの仮想世界という事で冒頭部分はほぼ「サマーウォーズ」そのまま。そして中盤のベルと竜のシチュエーションはディズニーの「美女と野獣」そっくり。ここはリスペクト。そして素晴らしいのが音楽と圧巻の映像。声優初体験の新歌姫・中村佳穂によるベルのライブシーンが圧倒的に感動的で本作の最大の魅力になっているが現代のインターネットへの風刺と批判もテーマになっている。
「ファーザー」
本年度アカデミー主演男優賞を83歳の名優アンソニー・ホプキンスが「羊たちの沈黙」以来、30年ぶり2度目の受賞をし認知症で記憶が薄れていく父親役を演じメディアから『涙が止まらない』と絶賛された傑作。
日本でも橋爪功が主演し大絶賛された舞台戯曲をこのオリジナル舞台を演出したフロリアン・ゼレールが自身初となる長編映画監督デビューをした。監督は映画化の際、脚本をホプキンスへのあて書きへと変更し主人公の名前と年齢、誕生日等をホプキンスと同じ設定にした。
ロンドンで独り暮らしを送る81歳のアンソニーは記憶が薄れ始めていたが娘のアンが手配する介護人を拒否していた。そんな中、アンから新しい恋人とパリで暮らすと告げられショックを受ける。だがそれが事実なら、アンソニーの自宅に突然現れ、アンと結婚して10年以上になると語る、この見知らぬ男は誰だ?なぜ彼はここが自分とアンの家だと主張するのか?ひょっとして財産を奪う気か?そしてアンソニーのもう一人の娘、最愛のルーシーはどこに消えたのか?現実と幻想の境界が崩れていく父と、戸惑う娘。驚きと不安の中、最後にアンソニーがたどり着いた?真実?とは?
本作の最も斬新な特徴は認知症本人視点で描かれ、人も時間も場所も錯綜し観客がまるで認知症を擬似体験するかのような作風だ。それはお涙頂戴とはほど遠く、まるでミステリーホラーを観ているかのような戦慄さえ覚える。認知症は怖いと実感する作品になっている。(衣)
「すばらしき世界」
「ディア・ドクター」「永い言い訳」等オリジナル脚本で現在の日本映画界で最も注目されている映画作家・西川美和が直木賞作家・佐木隆三の実在の人物に基づくノンフィクション小説「身分帳」に惚れ込み初の原作ものに挑んだ作品。
主演は監督の憧れの役所広司。彼が人生の大半を刑務所で過ごした元殺人犯に扮し、刑期を終えて出所した男の東京下町での更正と人生再出発の日々を綴る。
三上正夫は強面でカッと頭に血が昇り易い性格だが、真っ直ぐなくらい優しく、困っている人を放っとけない男。社会のレールから外れながらも何とかまっとうに生きようと悪戦苦闘する三上の更正していく様子をテレビ番組にしようと画策するディレクターを仲野太賀が、プロデューサーを長澤まさみが演じる他、シャバに出た三上が出会うスーパーマーケットの店長に六角精児、身元引受人の弁護士夫婦に橋爪功と梶芽衣子、ケースワーカーに北村有起哉。他に安田成美や白竜等も顔を見せる。
実在の人物をモデルとした主人公の数奇な人生を通して人間の愛おしさや痛々しさ、社会の光と影を描く。罪を償って刑務所を出たひとりの男がどのように更正して社会に馴染んでいくかという軌跡を丹念に生々しく辿った力作だ。
そこには人間の業と社会の軋轢があり、この世の残酷さも優しさもはらんでいる。監督が追及したのは普段は人懐っこくてチャーミングでありながら時には恐ろしい怪物にもなりうる人間という生き物の謎めいた深層であり役所広司はそれを見事に演じ切った。(衣)
「私をくいとめて」
『緑葉体?オオカナダモ?ハッ。っていうこのスタンス。あなたたちは微生物を見てはしゃいでるみたいですけど(苦笑)、私はちょっと遠慮しておく。だってもう高校生だし。』……当時19歳で史上最年少で芥川賞を受賞し私を虜にした作家・綿矢りさの原作を「勝手にふるえてろ」でもタッグを組んだ監督・大九明子が再びガッチリコンビを組んで令和を生き抜く女子達に容赦なく突き刺さる、わかりみ深すぎる崖っぷちラブコメディ。
快適なおひとり様ライフに慣れ過ぎて、脳内に優秀な(?)相談役Aが誕生した主人公みつ子、31歳。会社ではちょっと変わり者だけど気の合う先輩に恵まれ、長らく彼氏は不在でも充実のソロ活を無理なくエンジョイ。
居心地のいい自分だけの部屋に帰ればムダにいい声のA(声、中村倫也)との会話に忙しい。何かが足りないのは分かっているけど決定的に不足しているものもない。そんなみつ子のゆるゆるとした日常に突如舞い降りた久々の恋!相手は真面目すぎるくらい真面目な年下の営業マン。でも20代の頃のようには進まない30越えた女のもどかしい現実が立ちはだかり……。
みつ子役には伝説の朝ドラでブレイクした、のん。一歩間違えば狂気にもなりかねないヒロインを妙齢女性のおかしみ全開でキュートに熱演。彼女が恋する年下の彼を林遣都。みつ子の親友に朝ドラ以来の共演となる橋本愛。芸人歴もあるという監督の独特の“間"や大瀧詠一の軽快なメロディ共に楽しめる佳作になっている。(衣)
「スパイの妻」
「糸」
♪縦の糸はあなた横の糸は私逢うべき糸に出逢えることを人は仕合わせと呼びます♪
日本を代表するシンガーソングライター中島みゆきの平成を代表する国民的ヒット曲「糸」をモチーフに男女の出逢いをオリジナルストーリーで編み出した一篇。
夏川りみ「涙そうそう」、一青窈「ハナミズキ」、中島美嘉「雪の華」とヒット曲から着想を得た作品は多いが本作は今、最も旬の俳優・菅田将暉、小松菜奈をW主演に榮倉奈々、斎藤工、山本美月、高杉真宙、二階堂ふみ、成田凌たちの若手に倍賞美津子、松重豊等のベテランが脇を固める超豪華キャストを「菊とギロチン」の瀬々敬久が商魂も逞しくツボを押さえた演出で的確に感動させるラブストーリーの佳作になっている。
平成元年に生まれ北海道で育った高橋漣と園田葵が13歳で出逢い、別れ、そして平成の終わりに再びめぐり逢うまでの18年間を北海道、東京、沖縄、シンガポール各都市のロケーションで平成史の変遷と共に映し出す壮大な愛の物語。
北海道の地元のチーズ工房で生きていくことを決意した21歳の漣と世界中を飛び回って自分を試したい葵。それぞれ別の人生を歩み始めたふたりが10年後、平成最後の2019年に運命は、もう一度だけ2人をめぐり逢わせようとしていた…。余談だが中島みゆきは`70s、`80s、`90s、`00sと4つの時代でNo.1ヒット曲を発表した日本で唯一のアーティストだが「糸」で実質`10sでもNo.1と言える。劇中「ファイト!」が印象的に出てくるのもファンには嬉しい。(衣)
「ペイン・アンド・グローリ-」
アカデミー外国語映画賞に輝いた「オール・アバウト・マイマザー」で知られるスペインの巨匠ペドロ・アルモドバルが70歳にして自伝的作品を作りアルモドバルの「ニュー・シネマ・パラダイス」とも「8 1/2」とも噂される最新作となる人生讃歌。
主役のアントニオ・バンデラスが本作でカンヌ映画祭主演男優賞に輝いた。他にアルモドバルのミューズ、ペネロペ・クルスが主人公の若き頃の母親役で華を添える。
スペインの国民的映画監督サルバ ドールは長年に渡って脊椎の痛みで疲弊し心身共に引きこもり同然の生活を送ってきた。そんな中、32年前に撮った作品が再上映されることになり、サルバドールは大喧嘩の末に絶縁していた主演男優のアルベルトに会いに行く。二人でティーチインを開こうと持ち掛けるうちに、身体の痛みを忘れるためにアルベルトのヘロインに手を出してしまうサルバドール。しかし、思わぬ形で転機が訪れる。
アルベルトに懇願されて自伝的な脚本を一人芝居にして演じることを許可したのだが、まさにその作品の登場人物である昔の恋人が偶然舞台を見たことから彼とサルバドールは再会を果たしたのだ。
かつての愛に恥じないためにサルバドールは再起を決意。自ら禁じていた母親との愛憎をテーマに新作を撮ろうとする。
体調不良をCGで演出する遊び心満載の演出。
カラフルな色彩設計にバストショットの会話の応酬。いつも通りの衰えを知らない演出を堪能出来る逸品。(衣)