映画生一本


「グリーンブック」。

時は'62年。N.Y.の一流ナイトクラブで用心棒を務めるトニー・リップはガサツで無学だが、その腕っぷしとハッタリの良さから周囲や家族から信頼されていた。黒人ドン・シャーリーは2歳からピアノを弾き英才教育を受けてカーネギー・ホールの上に住むエリート中のエリートの孤高の天才ピアニスト。映画はドンがアメリカ南部の8週間の演奏ツアーにトニーを運転手兼世話役として同行した、オジサン二人の実録道中物語を、その後生涯続いた二人の友人の息子が50年以上温めプロデュースをした。1865年の南北戦争に敗北した南部では奴隷が解放されたが、100年近く経った`60年代まで根強い黒人差別が続いた。公立学校、公衆トイレ、バス、レストラン等で白人用と黒人用に分かれていた。タイトルのグリーンブックとはアメリカ南部を旅する黒人ドライバー必携の小冊子だった。トニー役ヴィゴ・モーテンセンは体重増で食べてばかりの、黒人に偏見を持つヤクザな用心棒を、ドン役マハーシャラ・アリはヨーロッパの洗練を身につけた黒人ピアニストとして黒人のソウルフード、フライドチキンも食べた事がない役を好演。そんな水と油の二人の道中記が時に笑いを誘って何よりも娯楽映画として面白いバディムービーになっている。ドンは言う「暴力だけでは勝てないこともある。尊厳で戦うんだ。」 それはマーティン・ルーサー・キング牧師の言葉を体現している。監督は「メリーに首ったけ」のコメディの名手ピーター・ファレリー。


「こんな夜更けにバナナかよ。愛しき実話」

深夜2時過ぎに車椅子の青年が突然バナナが食べたい!と言い出しボランティアの若者達は真夜中の街をバナナを求めて右往左往する。冒頭の数分のエピソードがそのままユニークなタイトルになっている。鹿野靖明、34歳。北海道在住。
 12歳の時に筋ジストロフィーを患い体で動かせるのは首と手首だけ。人の助けがないと生きていけないにも拘わらず、病院を抜け出し、風変わりな自立生活を始める。自ら大勢のボランティアを集め、わがまま放題。ずうずうしくて、お喋りで、惚れっぽくて!自由過ぎる性格に振り回されながら、でも、まっすぐに力強く生きる彼の事がみんな大好きだった。この映画は難病、筋ジストロフィーに侵された実在の青年・鹿野靖明が唯一自由の利く喋ることで、ドムドムバーガーはダメ、モスバーガーでとか、筋力はダメでも海綿体でアソコ元気な彼がアダルドビデオ観たり(そういうところがリアルで良い!)、自宅で遠慮する人なんていない!と、精一杯わがままを言い続ける事が彼の生きている証しとばかりに言いたい放題を言います。しかし、彼のそんなわがまま放題にもボランティア達は最初は「障害者ってそんなに偉いの?サイテー!」とか反発もしますがやがて鹿野青年の心根の明るさ、優しさに気づいていき、鹿野さんと大勢のボランティア達は強い心の絆で結ばれていきます。
 ボランティア達の無償の愛の力に感動!難病モノのオセンチさは皆無、全編鹿野青年の恋もする、夢もある前向きさと笑いの渦で観た人が元気を貰える至福の感動作。こんな楽しい難病モノは私は初めて観ました。(衣)



「ボヘミアン・ラプソディ」

ボーカルのフレディ・マーキュリーの死から27年経った今も絶大な人気を誇る伝説のバンド、クイーン。
70年、ロンドン。まだ何者でも無かった頃のフレディがメンバーと出会い、革新的な音楽を次々と生み出し、スターダムに駆け上がる。名曲「ボヘミアン・ラプソディ」の誕生秘話から、その影で世間に反発し、メンバーとも衝突し、婚約者・親友だったメアリーにも去られ、愛と孤独、プレッシャーに引き裂かれ、ついにバンドが崩壊寸前まで追い込まれた時、フレディは本当に大切なものは何かに気づき、メンバーと共に20世紀最大のチャリティ音楽イベント、“アフリカ難民救済”をスローガンにしたライヴ・エイドに挑むまで。まるで魂が乗り移ったような単なる“成りきり”を越えたオーラで圧倒的なパフォーマンスを見せるフレディ役をラミ・マレックが熱演。
音楽総指揮を「フレディの遺志を守るため」にクイーンのメンバー、ブライアン・メイとロジャー・テイラーが脚本は勿論、衣装・楽曲を細かくチェックしクイーンの完璧な再現にこだわりを見せた。
69年生まれの筆者は厳密にはクイーン世代では無く、リアルタイムでのクイーンを語れるほど知りません。そんな筆者が観ても80年代の熱気、一度は耳にした事のある楽曲の数々にノリノリの大興奮。フレディのエイズの件や生涯の男・女友達との描写はサラリと物語性の薄い脚本ながらクライマックスのライヴステージには無条件に熱いロック魂が震える伝記音楽エンタテインメント。(衣)



「散り椿」

降旗康男監督作品「追憶」でタッグを組んだ主演・岡田准一と映画人生60年の名キャメラマン木村大作が撮影・監督で再びタッグを組んだ直木賞作家・葉室燐の同名小説を映像化した本格時代劇。
享保15年。藩の不正を訴えるも認められず、故郷の扇野藩を後にした新兵衛(岡田准一)は病に倒れ余命いくばくも無い妻・篠(麻生久美子)からある願いを託される。それは新兵衛の旧知の友、采女(西島秀俊)を助けて欲しいというものだった。妻の願いの真意、そして藩の不正の実態を知るべく、新兵衛は再び扇野藩に戻り、妻・篠の妹・里美(黒木華)、弟・藤吾(池松壮亮)に会いに行く……。
木村監督自身が『愛する女性のために命を懸けて戦う侍たちの切ないラブストーリー』と言っているように山田洋次監督が映画化した藤沢周平三部作とは趣きを異にし、明確な仇役とのチャンバラを見せ場とした作品では無いので、正直言えば娯楽時代劇として見れば若干退屈でそれほど面白いお話しではない。しかし、『美しい時代劇を撮りたかった』と言う監督がオールロケーションで撮影した淡い色彩の端整な映像美や侍たちの佇まいの美しさに酔う格調派の本格時代劇だ。劇中の殺陣は全て岡田准一本人によるもので中でも美しい散り椿の前で西島秀俊と1カットで行われる対決には息を呑む。クライマックスの返り血を浴びる殺陣シーンは黒澤明監督「椿三十郎」で撮影助手だった木村監督が雨も降らせ“壮絶の美”を狙ったそうだ。(衣)



「女と男の観覧車」 

1950 年代の N.Y.コニーアイランド。ケイト・ウィ ンスレット扮するジニーはかつて女優として舞台に 立っていたが今はここの遊園地のウェイトレスとし て働いている。再婚同士で結ばれた夫・ハンプティ は回転木馬の操縦係。自身の連れ子と観覧車の見え る部屋で暮らしている。実はジニーは夫に隠れて海 岸の監視員をしている若いミッキーと浮気してい た。脚本家を目指すミッキーとの未来に夢を見てい た。そこへ音信不通だった夫の娘がギャングから追 われて現れた時からジニーの何かが狂い始める・・・。 齢82歳のウディ・アレンのいつもの通りのビタ ーな男と女の物語だ。ウディ・アレンは勤勉だ。 「アニー・ホール」(78)でアカデミー賞を獲って以 来、約40年に渡り毎年1~2本の新作を発表して いる。作品にはいつも人生の酸いも甘いもが見られ る。本作でも誕生日を迎えたヒロインに「おめでと うジニー、40歳でも悲しまないで、一瞬で50歳 になり、40歳が恋しくなるわ」という名台詞があ る。しかし意外と認知されていないのはウディ・ア レン作品はその美術と撮影の素晴らしさだ。’30年 代の詩情溢れる「ラジオデイズ」「ブロードウェイと 銃弾」にも負けない今回の’50年代のカラフルな コニーアイランドの再現。「マンハッタン」で映画史 上最も美しい N.Y.を撮影したゴードン・ウィリスに も負けない「地獄の黙示録」や B・ベルトルッチ作品 で有名なヴィトリオ・ストラーロの優雅なカメラワ ークと登場人物の心理を表現した照明。その時代の 臨場感こそアレン作品の大きな魅力だろう。 (衣)