映画生一本


「PERFECT DAYS」 


「パリ、テキサス」でカンヌ映画祭パルムドー ル、「ベルリン・天使の詩」で同映画祭監督賞を受 賞した小津安二郎の信奉者としても有名な親日派 のドイツの巨匠ヴィム・ヴェンダースが日本を代 表する名優・役所広司主演でカンヌ男優賞受賞し た作品と知って映画ファンなら食指の動かない人 はいないだろう。 役所広司が東京のトイレ清掃員としての毎日を 綴る。平山(役所広司)は TV も無い古いアパートに 一人暮らし。清掃の仕事は朝早い。布団から起きる と植木に水をやり、身支度をしてアパートを出て 自販機で缶コーヒーを買い、軽バンに乗って 70 年 代の洋楽カセットテープを聴きながら仕事場の渋 谷区内のトイレへ向かう。お昼の休憩中は神社の 境内で木漏れ日の写真を撮る。デジカメではなく フィルムのカメラで。 仕事が終わると…銭湯に行き、古本屋に行き、コ インランドリーに行き、居酒屋に行き…アパート に戻ると布団に入って読みかけの本を読む。 そして寝る…の繰り返し。家出した姪が泊まり に来たりもするが大きな事件は何も起こらない。 しかしそんなルーティンの中でも寡黙な平山には 古本屋の主やら、居酒屋の店員やら、スナックのマ マ(石川さゆり!)等が、いつも声を掛けてくれて 周囲と繋がった彼は孤独では無くいつも幸福そう に笑顔で朝を迎える。 一見、何でも無い映画だが好感の持てるエレガ ントな人間讃歌であり人生の意味とは何か? という哲学的な探究さえ起こるヴェンダースらし いフィクションの傑作だ。劇中の楽曲センスの素 晴らしさも特筆モノ!(衣)


 

「福田村事件」


 社会派ドキュメンタリー映画監督・森達也、初の劇映画。

1923年9月1日、関東大震災発生。震災直後、流言飛語により多数の朝鮮人が虐殺される事件が各地で発生。そして震災から5日後の9月6日、千葉県福田村。

四国の香川県からやって来た行商団15名が利根川の渡り船に乗ろうとしたところ、船頭と些細な口論が発生。すると行商団が話す耳慣れない四国の方言を聞いた村人たちは「こいつらは日本人じゃない、朝鮮人だ!」と決めつけ、集団で暴行を加え、竹槍で刺すなどして子どもや妊婦を含む9名を惨殺。

 歴史の闇に埋もれたこの痛ましい史実を映画化。出演は井浦新、田中麗奈、永山瑛太、東出昌大など。上映時間137分の長尺。ドキュメンタリータッチの作品かと思いきや実はフィクションのキャラクターを多数設定した人間ドラマでした。

特に前半は村に住む人々の複雑な人間関係の描写に費やしエンターテイメント性もあります。福田村での虐殺事件が描かれるのはラスト約15分。

今年は関東大震災から100年。

現在の世の中でも暴力だけでは無くネットでの誹謗中傷も有り、集団でのエスカレートは中々止まりません。自分自身が被害者だけでは無く知らないうちに加害者になり得る事もあります。発言・行動には気をつけなければなりません。

日本人として眼を背けてはならない過去の歴史、群集心理の恐ろしさをより多くの人の心に刻んで欲しいものです。(衣)



「こんにちは、母さん」 


 日本映画界の至宝、山田洋次監督92歳(2023 年10月現在)にして90本目の新作。 主演は1972年「男はつらいよ柴又慕情」や 「おとうと」等で50年間に渡って山田作品に出 演し「母べえ」「母と暮らせば」に続く母三部 作となる本作が映画出演 123 本目となる日本を 代表する女優 · 吉永小百合。その息子を演じる のは数々の映画や NHK 大河ドラマ「鎌倉殿の13 人」の好演も記憶に新しい国民的人気俳優 · 大 泉洋が山田洋次作品に初出演。 大会社に務める神崎昭夫は人事部長をして 日々精神を摩耗している。加えて家庭内での妻 との離婚話や大学生になった娘の舞 ( 永野芽 郁 ) との関係に悩んだ昭夫は久しぶりに東京隅 田川界隈の下町に住む母 · 福江のもとを訪れ る。しかし以前は割烹着を着ていたはずの母親 が艷やかな服を着てイキイキと暮らし、更に近 所の牧師 ( 寺尾聰 ) と恋愛までしている様子。 実家にも居場所が無いことに戸惑う昭夫だった が、母や下町の人々と交流を通して見失ってい たものに気がついて行く。 本作の吉永小百合はいくつになっても恋をし てときめく女性を演じて今まで見たこともない ようなアグレッシブ。不貞腐れてお酒を飲んだ り、恋する牧師が北海道に旅立ってしまう直前 に思わず「一緒に連れてって!」と嘆願してし まうシーンが切なく、可愛いい。福江の足袋屋 に集まる下町人情模様は昭和の香り漂ういかに も山田洋次作品らしさが溢れている。田中泯扮 するホームレスに忘れてはならない戦争の記憶 が刻まれている。(衣)



「ミッション:インポッシブル/

      デッドレコニングPART ONE」


 ハリウッドを代表する世界のトップスター、トム・クルーズが往年の人気スパイテレビシリーズを映画化した`96年の「ミッション:インポッシブル」シリーズの7作目。

もはや彼のライフワークとも言える人気代表シリーズだ。

世界のデジタル空間を自由自在に操作可能な進化型・超AIが秘密裏に誕生。

「それ(entity)」と呼ばれるこの超AIを支配する者は全世界を支配可能になる。

「それ」を制御できるらしい2つの鍵(実体のある金属性のキー)を巡って争奪戦が展開する。イーサン・ハント(トム・クルーズ)率いるIMF(インポッシブル・ミッション・フォース)もこの鍵を追うが…。

今回シリーズ初の前・後編の二部作となる前編の上映時間は堂々の164分(因みに後編は来年6月公開予定)。鑑賞前は正直、長尺に躊躇したが見始めるとあれよあれよのスリルと圧巻のアクション連続であっという間の164分でした。

 「観客に?本物?を届けたい」?ただそれだけを願い、毎回命知らずなスタントに自ら挑み続け、時には骨折したり映画のためにヘリコプターの免許を取得して自らヘリを操縦したり、その身体で?役者魂?を証明して来た男、トム・クルーズ。

 60オーバーながら走る!走る!そのアクションはアイデア満載、ツッコミどころも満載ながら加齢と共に衰えるどころかヒートアップしているようで驚きだ。

 今回も世界中が舞台だが中でもローマでのカーチェイスとオーストリアの列車アクションは白眉だ。夏の猛暑も吹き飛ばす究極の娯楽大作。

 是非、劇場の大スクリーンで!(衣)



「銀河鉄道の父」


 『雨ニモ負ケズ』『注文の多い料理店』等、今な お唯一無二の詩や物語で世界中から愛されている 宮沢賢治。だが生前は画家のゴッホと同じく無名の 作家のまま 37 歳という若さで生涯の幕を閉じた。 彼の死後もその才能を信じ続けた家族が、賢治の作 品を諦めずに世に送り続けたために高い評価を得 るようになったのだ。 そんな賢治は「ダメ息子だった!」という大胆な 視点から賢治への無償の愛を貫いた宮沢家の人々 を描き、第 158 回直木賞を受賞した「銀河鉄道の 父」(著·門井慶喜)。歴史のスポットライトの陰にい た賢治の家族への丹念なリサーチを実らせ、〈見た こともない賢治の物語〉〈深い愛に涙が止まらない〉 等と絶賛された傑作小説の映画化が実現した。 「八日目の蝉」「いのちの停車場」等の人と人と の触れ合いや絆を通して人生の豊かさを描いて来 た成島出監督が、何があっても信じ合い、助け合い、 互いに味方であり続ける家族の強い想いに心を揺 さぶられ熱い涙が溢れ出す、希望の物語を完成させ た。 代々質屋を家業とする質屋である宮沢賢治の父· 政次郎に役所広司。厳格な父であろうとするが溢れ 出す息子への愛に振り回され、やがて賢治の紡ぎ出 す物語の一番のファンになっていくまでをユーモ アを添えて大らかに演じた。透き通ったガラスのよ うに繊細かつ無邪気な青年期の賢治に菅田将暉。 菅田将暉も光っているが全編、賢治の父の映画に なっているのはやはり役所広司の力量の所以だろう。(衣)  


「フェイブルマンズ」

                  

スティーブン・スピルバーグ監督、御年76歳。もはやZ世代は知らないが筆者のように'80年代を映画少年として育った世代にはその名を知らない者はいないヒットメイカーだ。'72年にTVムービー「激突!」を出世作に「ジョーズ」「未知との遭遇」「インディ・ジョーンズ」「E.T.」「ジュラシック・パーク」そして「シンドラーのリスト」等、多くの映画ファンが生涯ベストに挙げる作品ばかりだ。プロデューサーとしても200作以上の作品を世に送り出し、世界で最も成功した映画人として最も裕福なセレブリティとして2位に選ばれている。とはいえ量産型の職人監督では無く一見して彼と分かる作家性と映像的トレードマークが刻印された諸作はほぼハズレ無しの名作揃い。そんな不世出の巨匠がいかにして映画監督になる夢を叶えたか?自身の原体験を描く自伝的作品が本作だ。'52年に両親と初めて映画館を訪れセシル・B・デミル監督の「地上最大のショウ」を観たサミー・フェイブルマン少年は映画に夢中になる。以来自ら8ミリカメラを手に家族の休暇や旅行の記録係となり妹や友人たちが出演する作品を制作するのだった。そんなサミーを才能豊かな音楽家である母は応援するが、有能な科学者の父は不真面目な趣味と考えていた。やがて一家は父の転勤でニュージャージーからアリゾナ、さらにカリフォルニアへと引っ越す。そして新しい土地での心を揺さぶる体験がサミーの未来を変えて行く…。映画監督のデヴィッド・リンチがサミー少年に多大な影響を与えた伝説の監督ジョン・フォードを演じているのは特筆に値する。(衣)



    「ラーゲリより愛を込めて」


 英題FROM  SIBERIA  WITH  LOVE第二次大戦が終結した1945年。

旧ソ連の戦後復興を担う労働力を補うため、シベリアの捕虜強制収容所(ラーゲリ)に送られた日本人60万人以上。零下40度の外での重労働、飢餓による栄養失調、伝染病の蔓延で約6万人が亡くなった。

 そんな過酷な収容所生活の中でただ一人、生きることへの希望を捨てなかった実在の人物・山本幡男の半生を描いた辺見じゅんのノンフィクション小説を「糸」の瀬々敬久がメガホンを取った。

 連日の過酷な日々で命を落とす者が続出する中で山本幡男は日本にいる妻や子供たちのもとへ必ず帰れると信じ、生きることへの希望を強く唱え続け、仲間たちを励まし多くの仲間に希望の光を灯し続けた。しかしそんな山本の体をも病魔が蝕んでいく。そして山本に生きることの素晴らしさを教わった仲間達はある行動を取る…。

 山本幡男を演じるのはクリント・イーストウッド監督「硫黄島からの手紙」の準主役、山田洋次監督「母と暮らせば」で日本アカデミー最優秀主演男優賞を受賞した今やトップアクターの二宮和也。時代に翻弄されながらも愛する夫を信じて待ち続ける妻に北川景子、ラーゲリの仲間に松坂桃李、桐谷健太、安田顕etcが熱演。

 過酷な収容所モノと聴いて観ているのも辛い重い重い作品かと敬遠気味だった私ですが人が人を想うことの素晴らしさを描いた心に灯りが点る爽やかな感動作になっている。(衣)


「天間荘の三姉妹」


漫画家・高橋ツトムの「天間荘の三姉妹?スカイハイ?」、単行本4巻分を
「あずみ」「ゴジラFINAL WARS」の娯楽派・北村龍平が映画化。
主演のん、大島優子、門脇麦が三姉妹の映画なら「若草物語」とか「海街diary」みたいな文芸作品かと思いきや想像をいい意味で裏切るちょっと宗教映画的なヒューマン・ファンタジー。天界と地上界の間にある架空の街『三ツ瀬』。そこにある旅館『天間荘』は臨死状態になった人間の魂がやって来て疲れを癒やし、肉体にもどるか、そのまま天界へ旅立つかを決める所。切り盛りしているのは若女将・天間のぞみ(大島優子)、のぞみの妹かなえ(門脇麦)、二人の母親で大女将の恵子(寺島しのぶ)。ある日、小川たまえ(のん)が交通事故の臨死状態になり案内人(柴咲コウ)に連れられて天間荘にやって来る。実はたまえはのぞみとかなえの腹違いの妹。たまは客としてやって来たが「私にも働かせて欲しい」と申し出て他の宿泊客(臨死状態の魂)の世話をすることに…。そんな宿泊客の一人が三田佳子。他の共演者に高良健吾、永瀬正敏などがいるが寺島しのぶと三田佳子の演技が圧巻の素晴らしさ。本作の背景にあるのは東日本大震災。三ツ瀬は架空の街だがそこに登場するタクシーには「宮城県」の表示があるし、終盤に登場する駅と街並みは東日本大震災で壊滅的被害を受けて復興した宮城県女川町のロケーション。150分の長尺ながら飽きさせないハートフルな作品になっている。(衣)


「さかなのこ」
ギョギョギョ!! のんがさかなクンに?
お魚への大きな愛と溢れる知識、優しくユーモラスなキャラクターで人気を誇るスーパースターのさかなクン。そんなさかなクンの自伝的エッセイ「さかなクンの一魚一会~まいにち夢中な人生?」を原作にした映画「さかなのこ」は、お魚が大好き、だけど普通のことはちょっと苦手なミー坊の幼少期から社会の荒波に揉まれながらも自分の“好き”を貫き成長してゆく姿を描くライフストーリーだ。

男か女かはどっちでもいい?…本作でさかなクンの分身とも言えるミー坊を演じるのは〈俳優・創作あーちすと〉として活躍するのん。さかなクンと同じく既存の枠組みにとらわれず自身主演映画の脚本・監督までこなし、新たな道を切り拓いているのんなら、多様性に溢れたお魚の世界に魅了されたミー坊を、さかなクンのモノマネでは無く、本質を体現してくれるに違いない!制作陣のそんな期待
に、のんは見事に応えている。
本作を脚本から手掛けるのは「横道世之介」の沖田修一。『これは、さかなクンの映画であって、さかなクンの映画ではありません』との言葉通り、沖田監督が目刺したのは、さかなクンの特別な人生では無く、“何かを猛烈に好きになった人”の映画。さかなクンとは似て非なるミー坊の半生を虚実を織り交ぜた物語として作り出した。共演に井川遥、柳楽優弥、夏帆、磯村勇斗など。(衣)


「トップガン マーヴェリック」 

今年、還暦を迎える世界のトップスター、トム・ク ルーズは今なお第一線で活躍し続ける人気者だが彼 がスーパースターになったのは何と言っても今から 36 年前に公開された「トップガン」に主演してから だ。トップ 1%の超精鋭パイロット養成校トップガンの 訓練生の挫折と栄光を描いた 80 年代アメリカ青春映 画の金字塔「トップガン」が全米公開されたのは 1986 年。トム・クルーズやヴァル・キルマーら若手スター の好演、故トニー・スコットのスタイリッシュな演出、 ハロルド・フォルターメイヤー&ジョルジオ・モロダ ーによるキャッチーな音楽(当時は空前のサントラブ ームだった)、米海軍の全面協力による本物の戦闘機 の迫力が人々の心をわしづかみにし世界で空前の大 ヒットを記録し日本でも‘87 年度洋画配給収入 1 位 になった。今でもトム・クルーズの代表作として多く の映画ファンに愛されている。 あれから 36 年、もはや平成生まれは知らないがト ム・クルーズが製作と主演を兼任して並々ならぬ情熱 を注いだ続編がコロナ禍による幾度かの公開延期を 経てようやく上映されたが待った甲斐があったと言 うものだ。トム演じるマーヴェリックが今、再び飛ぶ理由、亡 き相棒グースの息子との確執と和解、好敵手アイスマ ン(ヴァル・キルマー)との再会。本作には作り手たち の前作への愛が溢れ観ていて気持ちがいい。続編の見 本のようなザ・ハリウッド娯楽大作だ。戦闘機に IMAX カメラを 6 台搭載し撮影されたスカイアクシ ョンと命懸けのスタントで知られるトム・クルーズの 本気をぜひとも劇場の大画面で体感して欲しい。(衣)





「ウエスト・サイド・ストーリー」
元は1957年のブロードウェイミュージカルとして生まれ`61年に映画化された「ウエスト・サイド物語」は往年の映画ファンのベスト投票で「ローマの休日」「2001年宇宙の旅」等々と並び必ず上位にランクインする映画史上のミュージカル最高傑作としてアカデミー賞でも10部門を受賞した名作だ。
それを75歳の泣く子も黙るヒットメーカーにして巨匠スピルバーグ監督がキャリア初のミュージカルに挑戦し、変幻自在のカメラワークや色使いで“俺流”に新生させた。   

「ロミオとジュリエット」を下敷きにした悲恋物語。`50年代のニューヨーク、マンハッタンには夢や成功を求めて世界中から多くの移民が集まっていた。差別や貧困に直面した若者達は同胞の仲間と集団を作り、各グループは対立。特にポーランド系「ジェッツ」とプエルトリコ系「シャークス」は激しく敵対していた。そんな中、ジェッツの元リーダー、トニーはシャークスのリーダーの妹マリアと出逢った瞬間から運命的な恋に落ちるが二人の禁断の愛は悲劇の始まりになる。全く同じストーリーながらプエルトリコ系の会話にスペイン語を使用するなどマイノリティーへの配慮等に時代性を持たせている。オーディションで選ばれたマリア役レイチェル・ゼグラーの風貌と歌唱がずば抜けて素晴らしい。「トゥナイト」「マリア」「アメリカ」……耳馴染みの名曲の数々が色とりどりの服装の人々が歌い舞い踊る様はいつの時代も理屈抜きに鳥肌モノの映画的カタルシスの連続だ。


「クライ・マッチョ」


 刑事アクション映画の名作「ダーティ・ハリー」(’71)で不動の人気スターの地位を確立してから半世紀以上にわたり一線で活躍を続ける名優にして「許されざる者」(’92)、「ミリオンダラー・ベイビー」(’04)で監督として2度のアカデミー作品賞・監督賞に輝く今年92歳の巨匠クリント・イーストウッドが監督デビューから50周年、第40作目のアニバリー作品は必ずしもベストではないが集大成的な愛らしき小品ロードムービーだ。

 かつてのロデオスター、マイクは落馬事故以来、落ちぶれて苦難続きの孤独な日々を送っていた。ある日、マイクは恩義のある元雇い主から元妻が引き取った13歳の息子ラフォをメキシコから連れ戻すという誘拐まがいの依頼を引き受ける。母親に愛想を尽かし闘鶏用のニワトリ“マッチョ”と路上で暮らしていたラフォはマイクと共に米国境への旅へ出発。メキシコ警察や母の放った追手などの試練が迫るなか、2人は人生の岐路に立たされる。孤独な老人と少年の組み合わせは「グラン・トリノ」(’08)を、旅先で知り合った女性とロマンスの香りが漂う辺りは「マディソン郡の橋」(’95)を。至るところに過去のイーストウッド作品の記憶をちりばめた本作は近年、実話物が多かった中では珍しく原作小説の映画化で生きる上での必要な『強さ』とは何かを温かく、時にはユーモラスに時に切なく語りかける。アクションこそないか90歳のイーストウッドの乗馬シーンが見れるだけでファンには嬉しい。プライベートでも8人の子供がいる生涯現役のイーストウッド爺さんを観る作品とも言える。


「老後の資金がありません!」


今や人生100年時代。60歳になっても働くのは当たり前の日本。年金や貯蓄だけで老後の生活は大丈夫なのだろうか?少子高齢化、社会の仕組みもどんどん変わっていき、どんなに準備をしても不安は募るばかりのご時世。「老後の資金は2000万円必要」とも言われる中、生きていく上で必要な備えとは?社会の最小単位である家庭の切実な課題であり現代日本が抱える大問題に普通のアラフィフ主婦が立ち向かう痛快コメディ・エンターテイメント。
原作は垣谷美雨の同名小説で40万部を突破したベストセラー。親の大葬儀、娘の派手婚、夫婦揃っての失業、浪費家のセレブ姑との同居……。次々と襲いかかるお金の災難に振り回される主人公・後藤篤子のRPGの奮闘のように小気味良く綴られた物語だ。この老後の資金問題という現実のシリアスなテーマをユーモラスに描いた原作に魅了された製作陣は“大人が見られるコメディ映画”を目指したそうだが見事に成功している。
主人公・篤子役に日本最強のコメディエンヌ・天海祐希。数々の作品でデキる女性を鮮烈に体現してきた天海が本作では平凡な主婦の魅力を引き出し、誰もが迎える問題にあたふたしつつも家庭を切り盛りする篤子を明るくコミカルなタッチで演じきる。そんな篤子を翻弄する面々の筆頭の姑役に芸能生活71年目の草笛光子。夫役には松重豊。脇役に柴田理恵、若村麻由美、哀川翔etc…豪華キャスト。主題歌「Happy!」を氷川きよしが軽妙に歌い上げる。果たしてHappyな結末は来るのか?……お楽しみに。(衣)


「キネマの神様」


 齢、90 歳。日本映画界の至宝、山田洋次監 督作品 89 作目にして 1920 年、松竹は松竹キ ネマ合名社を設立、同年に蒲田撮影所を開所 し映画製作をスタート。2020 年松竹映画の 100 周年記念作品として誕生した。 原作はこれまで数々の文学賞を受賞してき た人気小説家・原田マハの同名小説。原田が 自身の家族、経験をもとに書き上げた思い入 れ深い小説を山田監督が松竹らしい"家族”を テーマにした映画黄金期への愛に溢れる作品 に大胆にアレンジ、新しいオリジナル作品へ と昇華させた。 本作は 2020 年 3 月にクランクインするも主 演に決定していた志村けんさんの急逝、新型 コロナウィルスの猛威による撮影の中断など 幾多の困難に直面。しかし新たなキャストを 迎え撮影を再開、作品を完成させたいと願う すべてのキャスト、スタッフの想いと共に長 い旅路を経てついに完成した。 ダブル主演を務めるのは故・志村けんの遺 志を継ぐ盟友・沢田研二と実力、人気ともに 若手 No.1 の菅田将暉。沢田演じる主人公ゴウ は無類のギャンブル好きで家族からも見放さ れているダメ親父。しかしそんな彼のたった 一つ愛してやまないもの……それが“映画” だった。かつては助監督として撮影所で夢を 追い求め映画黄金期を代表する名監督やスタ ー達と映画に情熱を傾けていた…。 共演に宮本信子、小林稔侍、寺島しのぶ 等、ベテランから永野芽郁、北川景子、野田 洋次郎ら新旧の第一線の豪華キャストが顔を 揃えている。(衣)


  「竜とそばかすの姫」


「サマーウォーズ」「おおかみこどもの雨と雪」の気鋭・細田守監督の最新オリジナル長編アニメーション。
自分を失ってしまった女子高生すずが未知との遭遇を果たし成長していく姿を描く。イギリス人建築家でデザイナーのエリック・ウォンがインターネット空間(U)のコンセプトアートを担当し、(U)内でのすずの姿(アバター)である歌姫ベルのキャラクターデザインを「アナと雪の女王」のジン・キムが手掛ける。
過疎化が進む自然豊かな高知の田舎町で父と暮らす17歳のすずは幼い頃に母を事故で亡くした傷を心に抱えていた。彼女はある日、親友に誘われて全世界で50億人以上が集うインターネットの仮想世界(U)に「ベル」という名で参加することに。もう一つの現実と呼ばれる(U)で心に秘めてきた歌を披露し、あっという間に歌姫として人気者になっていくベル。そんな彼女の前に(U)の世界で恐れられる竜の姿をした謎の存在が現れる。
作品の主な舞台がインターネットの仮想世界という事で冒頭部分はほぼ「サマーウォーズ」そのまま。そして中盤のベルと竜のシチュエーションはディズニーの「美女と野獣」そっくり。ここはリスペクト。そして素晴らしいのが音楽と圧巻の映像。声優初体験の新歌姫・中村佳穂によるベルのライブシーンが圧倒的に感動的で本作の最大の魅力になっているが現代のインターネットへの風刺と批判もテーマになっている。

 

「ファーザー」


本年度アカデミー主演男優賞を83歳の名優アンソニー・ホプキンスが「羊たちの沈黙」以来、30年ぶり2度目の受賞をし認知症で記憶が薄れていく父親役を演じメディアから『涙が止まらない』と絶賛された傑作。  

日本でも橋爪功が主演し大絶賛された舞台戯曲をこのオリジナル舞台を演出したフロリアン・ゼレールが自身初となる長編映画監督デビューをした。監督は映画化の際、脚本をホプキンスへのあて書きへと変更し主人公の名前と年齢、誕生日等をホプキンスと同じ設定にした。

ロンドンで独り暮らしを送る81歳のアンソニーは記憶が薄れ始めていたが娘のアンが手配する介護人を拒否していた。そんな中、アンから新しい恋人とパリで暮らすと告げられショックを受ける。だがそれが事実なら、アンソニーの自宅に突然現れ、アンと結婚して10年以上になると語る、この見知らぬ男は誰だ?なぜ彼はここが自分とアンの家だと主張するのか?ひょっとして財産を奪う気か?そしてアンソニーのもう一人の娘、最愛のルーシーはどこに消えたのか?現実と幻想の境界が崩れていく父と、戸惑う娘。驚きと不安の中、最後にアンソニーがたどり着いた?真実?とは?

本作の最も斬新な特徴は認知症本人視点で描かれ、人も時間も場所も錯綜し観客がまるで認知症を擬似体験するかのような作風だ。それはお涙頂戴とはほど遠く、まるでミステリーホラーを観ているかのような戦慄さえ覚える。認知症は怖いと実感する作品になっている。(衣)


「すばらしき世界」


「ディア・ドクター」「永い言い訳」等オリジナル脚本で現在の日本映画界で最も注目されている映画作家・西川美和が直木賞作家・佐木隆三の実在の人物に基づくノンフィクション小説「身分帳」に惚れ込み初の原作ものに挑んだ作品。

主演は監督の憧れの役所広司。彼が人生の大半を刑務所で過ごした元殺人犯に扮し、刑期を終えて出所した男の東京下町での更正と人生再出発の日々を綴る。

三上正夫は強面でカッと頭に血が昇り易い性格だが、真っ直ぐなくらい優しく、困っている人を放っとけない男。社会のレールから外れながらも何とかまっとうに生きようと悪戦苦闘する三上の更正していく様子をテレビ番組にしようと画策するディレクターを仲野太賀が、プロデューサーを長澤まさみが演じる他、シャバに出た三上が出会うスーパーマーケットの店長に六角精児、身元引受人の弁護士夫婦に橋爪功と梶芽衣子、ケースワーカーに北村有起哉。他に安田成美や白竜等も顔を見せる。

実在の人物をモデルとした主人公の数奇な人生を通して人間の愛おしさや痛々しさ、社会の光と影を描く。罪を償って刑務所を出たひとりの男がどのように更正して社会に馴染んでいくかという軌跡を丹念に生々しく辿った力作だ。

そこには人間の業と社会の軋轢があり、この世の残酷さも優しさもはらんでいる。監督が追及したのは普段は人懐っこくてチャーミングでありながら時には恐ろしい怪物にもなりうる人間という生き物の謎めいた深層であり役所広司はそれを見事に演じ切った。(衣)


「私をくいとめて」


『緑葉体?オオカナダモ?ハッ。っていうこのスタンス。あなたたちは微生物を見てはしゃいでるみたいですけど(苦笑)、私はちょっと遠慮しておく。だってもう高校生だし。』……当時19歳で史上最年少で芥川賞を受賞し私を虜にした作家・綿矢りさの原作を「勝手にふるえてろ」でもタッグを組んだ監督・大九明子が再びガッチリコンビを組んで令和を生き抜く女子達に容赦なく突き刺さる、わかりみ深すぎる崖っぷちラブコメディ。

快適なおひとり様ライフに慣れ過ぎて、脳内に優秀な()相談役Aが誕生した主人公みつ子、31歳。会社ではちょっと変わり者だけど気の合う先輩に恵まれ、長らく彼氏は不在でも充実のソロ活を無理なくエンジョイ。

居心地のいい自分だけの部屋に帰ればムダにいい声のA(声、中村倫也)との会話に忙しい。何かが足りないのは分かっているけど決定的に不足しているものもない。そんなみつ子のゆるゆるとした日常に突如舞い降りた久々の恋!相手は真面目すぎるくらい真面目な年下の営業マン。でも20代の頃のようには進まない30越えた女のもどかしい現実が立ちはだかり……。

みつ子役には伝説の朝ドラでブレイクした、のん。一歩間違えば狂気にもなりかねないヒロインを妙齢女性のおかしみ全開でキュートに熱演。彼女が恋する年下の彼を林遣都。みつ子の親友に朝ドラ以来の共演となる橋本愛。芸人歴もあるという監督の独特の“間"や大瀧詠一の軽快なメロディ共に楽しめる佳作になっている。(衣)

「スパイの妻」

  
今や世界中に熱狂的ファンを持つ名匠・黒沢清が北野武「座頭市」以来、17年ぶりにベネチア映画祭銀獅子賞(監督賞)を受賞した逸品。
 1940年、神戸で貿易会社を営む優作は、赴いた満州で偶然、恐ろしい国家機密を知り、正義のため、事の顛末を世に知らしめようとする。妻・聡子は反逆者と疑われる夫を信じ、スパイの妻と罵られようとも、その身が破滅することも厭わず、ただ愛する夫とともに生きることを心に誓い行動する。
 全ての国民が同じ方向を向くことを強いられていた太平洋戦争開戦間近の日本。正義を貫くためには誰かを陥れなければならない。愛を貫くためには、誰かを裏切らなければならない。正義、欺瞞、裏切り、信頼、嫉妬、幸福……。
 相反するものに揺られながら、抗えない時勢に夫婦の運命は飲まれていく。昭和初期の日本を舞台に愛と正義を賭けた一級サスペンス・メロドラマ娯楽映画の誕生だ。
 黒沢清が初めて過去を舞台にフィクションながら歴史の闇に挑んだ新境地。神戸出身の監督が神戸税関、旧グッゲンハイム邸などをロケーションに美術・衣装・台詞回し、すべてにこだわりリアリティーのある昭和初期の世界観をNHKによる8Kカメラの撮影で鮮やかに再現している。
 まるで舞台演出のような端正な台詞回し、スリラーの巨匠ならではの不穏なまでの様式美がジリジリと緊迫感を高める黒沢清らしい怪作になっている。主演夫婦の蒼井優&高橋一生、黒沢清組の東出昌大の熱演も見所だ。




「糸」


♪縦の糸はあなた横の糸は私逢うべき糸に出逢えることを人は仕合わせと呼びます♪

日本を代表するシンガーソングライター中島みゆきの平成を代表する国民的ヒット曲「糸」をモチーフに男女の出逢いをオリジナルストーリーで編み出した一篇。

夏川りみ「涙そうそう」、一青窈「ハナミズキ」、中島美嘉「雪の華」とヒット曲から着想を得た作品は多いが本作は今、最も旬の俳優・菅田将暉、小松菜奈をW主演に榮倉奈々、斎藤工、山本美月、高杉真宙、二階堂ふみ、成田凌たちの若手に倍賞美津子、松重豊等のベテランが脇を固める超豪華キャストを「菊とギロチン」の瀬々敬久が商魂も逞しくツボを押さえた演出で的確に感動させるラブストーリーの佳作になっている。

平成元年に生まれ北海道で育った高橋漣と園田葵が13歳で出逢い、別れ、そして平成の終わりに再びめぐり逢うまでの18年間を北海道、東京、沖縄、シンガポール各都市のロケーションで平成史の変遷と共に映し出す壮大な愛の物語。

北海道の地元のチーズ工房で生きていくことを決意した21歳の漣と世界中を飛び回って自分を試したい葵。それぞれ別の人生を歩み始めたふたりが10年後、平成最後の2019年に運命は、もう一度だけ2人をめぐり逢わせようとしていた…。余談だが中島みゆきは`70s`80s`90s`00s4つの時代でNo.1ヒット曲を発表した日本で唯一のアーティストだが「糸」で実質`10sでもNo.1と言える。劇中「ファイト!」が印象的に出てくるのもファンには嬉しい。(衣



「ペイン・アンド・グローリ-

アカデミー外国語映画賞に輝いた「オール・アバウト・マイマザー」で知られるスペインの巨匠ペドロ・アルモドバルが70歳にして自伝的作品を作りアルモドバルの「ニュー・シネマ・パラダイス」とも「8 1/2」とも噂される最新作となる人生讃歌。

主役のアントニオ・バンデラスが本作でカンヌ映画祭主演男優賞に輝いた。他にアルモドバルのミューズ、ペネロペ・クルスが主人公の若き頃の母親役で華を添える。
 スペインの国民的映画監督サルバ ドールは長年に渡って脊椎の痛みで疲弊し心身共に引きこもり同然の生活を送ってきた。そんな中、32年前に撮った作品が再上映されることになり、サルバドールは大喧嘩の末に絶縁していた主演男優のアルベルトに会いに行く。二人でティーチインを開こうと持ち掛けるうちに、身体の痛みを忘れるためにアルベルトのヘロインに手を出してしまうサルバドール。しかし、思わぬ形で転機が訪れる。

アルベルトに懇願されて自伝的な脚本を一人芝居にして演じることを許可したのだが、まさにその作品の登場人物である昔の恋人が偶然舞台を見たことから彼とサルバドールは再会を果たしたのだ。

かつての愛に恥じないためにサルバドールは再起を決意。自ら禁じていた母親との愛憎をテーマに新作を撮ろうとする。
 体調不良をCGで演出する遊び心満載の演出。

カラフルな色彩設計にバストショットの会話の応酬。いつも通りの衰えを知らない演出を堪能出来る逸品。(衣)


「最高の人生の見つけ方」 

“日本のトップ俳優でしかリメイクさせない……” それがワーナーブラザーズ本社から出された条件だ った。 

 `07 年のアメリカ映画「最高の人生の見つけ方」 はジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマンが 余命 6 ヶ月を宣告された実業家と自動車整備工の男 が病室で出会い、お互いの余生を最高のものにする べく『棺桶リスト』を書き上げ実行していく友情の 物語だった。 本作は日本を代表する映画界のアイコン大女優・ 吉永小百合と元宝塚歌劇の天海祐希主演と主人公を 女性へ変えたことでオリジナルには無い大きな魅力 を生み出した。 

 幸子(吉永)は古いタイプの専業主婦。押し付けら れた旧弊な価値観を守り続ける辛抱強い女性。マ子 (天海)は一代でホテルチェーンを築き上げたセレブ 経営者。そんな全く違う二人が「スカイダイビングを する」「スフィンクスに行く」「日本一大きなパフェを 食べる」 等、少女の書いたやりたいことリストを実 行する旅に出る爽快さは「テルマ&ルイーズ」の影響 もあると監督・犬童一心は語っている。

 共に自分の人生に欠けていたものを補い合いなが ら友情を育んでいくというドラマの基本ラインと 『棺桶リスト』を実行していく楽しさは蹈襲されて いる。けれど設定は女性である。男性よりも背負う ものが多いがゆえに男性には無い女性ならではの家 族や社会との軋轢や闘いもある。                           その辺りの悩みや問題に加え日本の女性達が置か れている社会規範もしっかり見据えたことでハリウ ッド版とは一味も二味も違うフェミニズム香るステ キなバディムービーになっている。(衣)


「ロケットマン」

'68年のデビュー以来、50年以上経った72歳の現在もポップミュージックシーンの第一線に立ち続けている歌手エルトン・ジョン。

5度のグラミー賞を受賞し、世界一売れたシングルの記録保持者でもあり『ユア・ソング』や「ライオン・キング」の主題歌等、数々の名曲を生み出した伝説のスーパースターの伝記ミュージカル映画だ。監督は「ボヘミアン・ラプソディ」の最終演出(実質の監督)をしたデクスター・フレッチャー。

エルトン・ジョン本人が製作総指揮を務めた本作はストレートな感動音楽伝記映画「ボヘミアン・ラプソディ」とはかなり異なるテイストになっている。若くして成功街道を走り続けた彼だが、その道のりは決して平坦ではなかった……。

イギリス郊外の田舎町に生まれ育った少年時代は両親から満足な愛情を得られず、同性愛だった彼のマネージャーでもあった恋人には利用されるという、本当に愛されたい人に愛されない悲しい彼の裏の顔。過剰な薬物中毒から性癖までを本人が美化せずにありのままを内面告白ファンタジー的なミュージカルとして描く様に私はフェリーニの「8  1/2」や振り付け師ボブ・フォッシーの自伝ミュージカルの傑作「オール・ザット・ジャズ」を思い出した。

ド派手でサイケデリックな彼のパフォーマンスをタロン・エガートンが自身の歌唱力でエルトンも舌を巻くほど圧倒的な熱演。数々の`70年代的ステージ衣装も見どころ。

生涯の友となった作詞家バーニーに「リトルダンサー」の元子役スター、ジェイミー・ベルがシャープなイケメン青年になって共演している。 (衣)



「旅のおわり世界のはじまり」

CURE」「リアル~完全なる首長竜の日~」のゾクゾクするようなスリラー、ホラー感覚に魅了されて以来、映画作家・黒沢清作品はずっと追っている。近年は「岸辺の旅」でカンヌ映画祭“ある視点”部門で受賞するなど国際的に評価されているが個人的に近作「クリーピー」や「散歩する侵略者」はマンネリ化で面白くなくてもうファンを辞めようかと思っていた時の本作は嬉しい裏切りだった。監督が過去のどの作品にも似ていないと言うオリジナル脚本の本作は黒沢らしいSFやスリラーの要素は皆無だ。
舞台は中央アジアのウズベキスタン。歌手になる夢を心に抱いたバラエティー番組のTVリポーター藤田葉子は日本の取材クルーと一緒に巨大な湖に棲む“幻の怪魚”を探すため、かつてシルクロードの中心として栄えたこの地を訪れた。予定通りに進まない異国でのロケに苛立ちを募らせるクルー一行。ある日の収録後、ひとり街に出た葉子は劇場に迷い込み、夢と現実が交差する不思議な体験をする。心の居場所を見失った彼女が旅の果てに出会ったものとは……。
ウズベキスタンに1ヶ月滞在し、ロケされた本作は広い広野や山村、言葉の通じない市場の雑踏等、まるで一緒に旅をしているような異国情緒溢れるロードムービーの魅力満載だ。
ヒロインを演じる元AKB48の前田敦子が驚くほど素晴らしい。劇中、二度彼女のある歌の熱唱が一番の見どころ、聴きどころだ。共演も加瀬亮、染谷将太、柄本時生と味のある顔触れが揃っている。  (衣)


「イメージの本」
かつてサイレントからトーキーへ、或いは白黒からカラーへ、最近では3D等、技術開発によって映画も革新を遂げて来たが、1人の映画監督によって映画史を替えてしまったのがジャン=リュック・ゴダールだ。
59年、今から60年前にデビュー作「勝手にしやがれ」でスタジオからカメラを手持ちで戸外に持ち出し、即興演出、ジャンプカット等で既成の映画文法をガラリと替えてしまった。ゴダールを筆頭にトリュフォー、ルイ・マル、ロメール達、いわゆるヌーヴェルヴァーグは`60年代後半からのアメリカンニューシネマに決定的な影響を与えた。
そんなヌーヴェルヴァーグの巨匠達も時代と共にこの世を去ってしまったがゴダールだけは88歳になった今も現役なのが嬉しい。ゴダールと言えば他に「気狂いピエロ」が代表作だが、その前衛的な表現は人によっては難解で映画界のピカソと言える。個人的なゴダール・ベストは「カルメンという名の女」だが、彼の最新作が「イメージの本」だ。
『映画とは「X31」である』と謳う本作にはストーリーは無い。もはや出演者さえいない。そこには絵画、映画、文章からのおびただしい引用と時にはモノクロで時には極彩色に加工された映像と音響の洪水と現代社会に怒りを抱くゴダールのナレーションがあるだけだ。観客はただ呆然とその美しく詩的な映像と音響の洪水に身を委ねるだけだ。
「かつて私たちがどうやって思考を鍛えていたか、覚えている?たいてい、夢から出発していたものだ……。嵐の夜に書き込まれた夢みたいだ。西欧人の眼に。失われた楽園たち。戦争はここにある……。」  (衣)                    

                    

「グリーンブック」。
時は'62年。N.Y.の一流ナイトクラブで用心棒を務めるトニー・リップはガサツで無学だが、その腕っぷしとハッタリの良さから周囲や家族から信頼されていた。黒人ドン・シャーリーは2歳からピアノを弾き英才教育を受けてカーネギー・ホールの上に住むエリート中のエリートの孤高の天才ピアニスト。映画はドンがアメリカ南部の8週間の演奏ツアーにトニーを運転手兼世話役として同行した、オジサン二人の実録道中物語を、その後生涯続いた二人の友人の息子が50年以上温めプロデュースをした。1865年の南北戦争に敗北した南部では奴隷が解放されたが、100年近く経った`60年代まで根強い黒人差別が続いた。公立学校、公衆トイレ、バス、レストラン等で白人用と黒人用に分かれていた。タイトルのグリーンブックとはアメリカ南部を旅する黒人ドライバー必携の小冊子だった。トニー役ヴィゴ・モーテンセンは体重増で食べてばかりの、黒人に偏見を持つヤクザな用心棒を、ドン役マハーシャラ・アリはヨーロッパの洗練を身につけた黒人ピアニストとして黒人のソウルフード、フライドチキンも食べた事がない役を好演。そんな水と油の二人の道中記が時に笑いを誘って何よりも娯楽映画として面白いバディムービーになっている。ドンは言う「暴力だけでは勝てないこともある。尊厳で戦うんだ。」 それはマーティン・ルーサー・キング牧師の言葉を体現している。監督は「メリーに首ったけ」のコメディの名手ピーター・ファレリー。(衣)


「こんな夜更けにバナナかよ。愛しき実話」
深夜2時過ぎに車椅子の青年が突然バナナが食べたい!と言い出しボランティアの若者達は真夜中の街をバナナを求めて右往左往する。冒頭の数分のエピソードがそのままユニークなタイトルになっている。鹿野靖明、34歳。北海道在住。
 12歳の時に筋ジストロフィーを患い体で動かせるのは首と手首だけ。人の助けがないと生きていけないにも拘わらず、病院を抜け出し、風変わりな自立生活を始める。自ら大勢のボランティアを集め、わがまま放題。ずうずうしくて、お喋りで、惚れっぽくて!自由過ぎる性格に振り回されながら、でも、まっすぐに力強く生きる彼の事がみんな大好きだった。この映画は難病、筋ジストロフィーに侵された実在の青年・鹿野靖明が唯一自由の利く喋ることで、ドムドムバーガーはダメ、モスバーガーでとか、筋力はダメでも海綿体でアソコ元気な彼がアダルドビデオ観たり(そういうところがリアルで良い!)、自宅で遠慮する人なんていない!と、精一杯わがままを言い続ける事が彼の生きている証しとばかりに言いたい放題を言います。しかし、彼のそんなわがまま放題にもボランティア達は最初は「障害者ってそんなに偉いの?サイテー!」とか反発もしますがやがて鹿野青年の心根の明るさ、優しさに気づいていき、鹿野さんと大勢のボランティア達は強い心の絆で結ばれていきます。
 ボランティア達の無償の愛の力に感動!難病モノのオセンチさは皆無、全編鹿野青年の恋もする、夢もある前向きさと笑いの渦で観た人が元気を貰える至福の感動作。こんな楽しい難病モノは私は初めて観ました。(衣)





「ボヘミアン・ラプソディ」

ボーカルのフレディ・マーキュリーの死から27年経った今も絶大な人気を誇る伝説のバンド、クイーン。
70年、ロンドン。まだ何者でも無かった頃のフレディがメンバーと出会い、革新的な音楽を次々と生み出し、スターダムに駆け上がる。名曲「ボヘミアン・ラプソディ」の誕生秘話から、その影で世間に反発し、メンバーとも衝突し、婚約者・親友だったメアリーにも去られ、愛と孤独、プレッシャーに引き裂かれ、ついにバンドが崩壊寸前まで追い込まれた時、フレディは本当に大切なものは何かに気づき、メンバーと共に20世紀最大のチャリティ音楽イベント、“アフリカ難民救済”をスローガンにしたライヴ・エイドに挑むまで。まるで魂が乗り移ったような単なる“成りきり”を越えたオーラで圧倒的なパフォーマンスを見せるフレディ役をラミ・マレックが熱演。
音楽総指揮を「フレディの遺志を守るため」にクイーンのメンバー、ブライアン・メイとロジャー・テイラーが脚本は勿論、衣装・楽曲を細かくチェックしクイーンの完璧な再現にこだわりを見せた。
69年生まれの筆者は厳密にはクイーン世代では無く、リアルタイムでのクイーンを語れるほど知りません。そんな筆者が観ても80年代の熱気、一度は耳にした事のある楽曲の数々にノリノリの大興奮。フレディのエイズの件や生涯の男・女友達との描写はサラリと物語性の薄い脚本ながらクライマックスのライヴステージには無条件に熱いロック魂が震える伝記音楽エンタテインメント。(衣)



「散り椿」

降旗康男監督作品「追憶」でタッグを組んだ主演・岡田准一と映画人生60年の名キャメラマン木村大作が撮影・監督で再びタッグを組んだ直木賞作家・葉室燐の同名小説を映像化した本格時代劇。
享保15年。藩の不正を訴えるも認められず、故郷の扇野藩を後にした新兵衛(岡田准一)は病に倒れ余命いくばくも無い妻・篠(麻生久美子)からある願いを託される。それは新兵衛の旧知の友、采女(西島秀俊)を助けて欲しいというものだった。妻の願いの真意、そして藩の不正の実態を知るべく、新兵衛は再び扇野藩に戻り、妻・篠の妹・里美(黒木華)、弟・藤吾(池松壮亮)に会いに行く……。
木村監督自身が『愛する女性のために命を懸けて戦う侍たちの切ないラブストーリー』と言っているように山田洋次監督が映画化した藤沢周平三部作とは趣きを異にし、明確な仇役とのチャンバラを見せ場とした作品では無いので、正直言えば娯楽時代劇として見れば若干退屈でそれほど面白いお話しではない。しかし、『美しい時代劇を撮りたかった』と言う監督がオールロケーションで撮影した淡い色彩の端整な映像美や侍たちの佇まいの美しさに酔う格調派の本格時代劇だ。劇中の殺陣は全て岡田准一本人によるもので中でも美しい散り椿の前で西島秀俊と1カットで行われる対決には息を呑む。クライマックスの返り血を浴びる殺陣シーンは黒澤明監督「椿三十郎」で撮影助手だった木村監督が雨も降らせ“壮絶の美”を狙ったそうだ。(衣)



「女と男の観覧車」 

1950 年代の N.Y.コニーアイランド。ケイト・ウィ ンスレット扮するジニーはかつて女優として舞台に 立っていたが今はここの遊園地のウェイトレスとし て働いている。再婚同士で結ばれた夫・ハンプティ は回転木馬の操縦係。自身の連れ子と観覧車の見え る部屋で暮らしている。実はジニーは夫に隠れて海 岸の監視員をしている若いミッキーと浮気してい た。脚本家を目指すミッキーとの未来に夢を見てい た。そこへ音信不通だった夫の娘がギャングから追 われて現れた時からジニーの何かが狂い始める・・・。 齢82歳のウディ・アレンのいつもの通りのビタ ーな男と女の物語だ。ウディ・アレンは勤勉だ。 「アニー・ホール」(78)でアカデミー賞を獲って以 来、約40年に渡り毎年1~2本の新作を発表して いる。作品にはいつも人生の酸いも甘いもが見られ る。本作でも誕生日を迎えたヒロインに「おめでと うジニー、40歳でも悲しまないで、一瞬で50歳 になり、40歳が恋しくなるわ」という名台詞があ る。しかし意外と認知されていないのはウディ・ア レン作品はその美術と撮影の素晴らしさだ。’30年 代の詩情溢れる「ラジオデイズ」「ブロードウェイと 銃弾」にも負けない今回の’50年代のカラフルな コニーアイランドの再現。「マンハッタン」で映画史 上最も美しい N.Y.を撮影したゴードン・ウィリスに も負けない「地獄の黙示録」や B・ベルトルッチ作品 で有名なヴィトリオ・ストラーロの優雅なカメラワ ークと登場人物の心理を表現した照明。その時代の 臨場感こそアレン作品の大きな魅力だろう。 (衣)